叡智神学のための神道の要点(私見です) ・「イワシの頭も信心」と言うが、神道の自然崇拝は、妄信ではない。 そこに¨あはれ¨があり、その奥に神霊があるから、感謝の念が起こる。 信じる(思い込み)から神があるのではない。 ・国家神道は中国の儒教の影響を強く受けた、天皇一神教である。本来の神道ではない。 ・神道とは古来より日本人の感性に根ざした宗教である。 四季折々に展開する多彩な自然や、その中で暮らす人々の素直な心象によって 和歌が作られ¨あはれ¨が表出された。 つまり¨あはれ¨は和歌のそのものではなく、人の周りの環境や心的活動に存在していて、 和歌はそれを乗せる¨器¨のようなものと言える。 ・自分を取り巻く¨あはれ¨を知るこころこそ、スピリチュアル(霊性)ではないのでしょうか。 逆に言うと、人はスピリチュアルであるからこそ¨あはれ¨を知るのである。 ・¨あはれ¨を知る心とスピリチュアルは同じものである、という見方は 私の霊的体験に基くものなので、論証や検証することはで来ません。 感性により理解してもらうしかありません。 ・霊(神)を感じるときの感覚と、芸術に対して感じる¨あはれ¨は同じ感覚です。 その作品に¨あはれ¨を感じるときは、人間を介して霊も感動しているからです。 霊が喜ぶとき¨あはれ¨と同じ感覚が伝わってきます。 霊感の無い人も¨あはれ¨を通じて霊を感じているのです。 ・神道の要は¨大切にする気持ち¨です。¨はあれ¨にも通じますが。 大切にする気持ちは、まことになって人の行動に表れます。 神道は、自然崇拝と先祖信仰と言われていますが、崇拝や信仰というより、 大切にする気持ち¨まこと¨であると考えます。 (その誠の精神を君主や天皇に対して求めたのが武士道と言えます) 動物や草木を大切にする心、先祖を大切にする心、隣人や社会を大切にする心、 お金や道具を大切にする心、それらの¨大切にする心¨が 日本人の精神世界の基底にあるようです。 ・スピリチュアリズムは、霊界のしくみや、宇宙の法則を知らしめるという使命以前に、 人として如何に生きるのか?という自身への問いかけも重要なテーマであると思う。 その一つの糸口が、日本人の精神世界の基底にある¨あはれ¨であり、 日本独自のスピリチュアリズムと言えるのではないでしょうか。 戻る ピア・スピリチュアル |